冬の始まり


 朝、海沿いの道を運転していた。いつもは茶色く濁っているはずの海水はうすあお色をしており、心地よく晴れた日だった。晴れといっても太陽がギラついているわけではなく、あくまでもどこまでも穏やかに水平線が続いていた。空と海の境だけが濃くはっきりとした青で、フリーハンドの万年筆がブルーグリーンのインクで線を一本引いたようだった。それはとても美しかった。線を引かれ隔たれた同色の空と海を不思議な気持ちで眺める眺める。霞とも違う。白で薄めたのとも違う。透明感のあるうすあおは見たことのない色をしていて、うっかり心を奪われそうになった。

 早朝から運転なんて鹿に遭遇しそうで嫌だなぁなんて思っていてがそれは杞憂に終わった。出勤時間がのんびりなため思ったほど早い朝ではなかったのだ。世間の人はとっくに働き出している時間だ。鹿がいないどころか、こんなに心地よいドライブを朝からできるなんて、よかった。得した気持ちで安堵しながらアクセルを踏んだ。人生の終わりに見るならこんな景色がいいな。エピローグのように穏やかな海と空だけがひたすら見えなくなるまで続いている。水は驚くほど澄んでいた。対向車線を走る運転手もしばしば海に視線を奪われているようで、別の危険を時たま感じた。

 しばらく車を走らせると道は海から少し離れ、周りはあっという間に山間部になっていた。木漏れ日はギラギラと眩しく、影が濃い。先ほどは感じなかった太陽の鋭さを感じる。どうしてだろうとしばらく考えながら光を浴び、途中で気づいた。太陽の強さが変わったんじゃない。夏場よりも木漏れ日が多いんだ。紅葉したはずの木々はすっかり葉を落とし、枯れ葉が道沿いに堆積していた。色が抜け、水分が抜け、カラカラに乾いた葉っぱたちが冬の訪れを知らせてくれる。見事にはげあがった枯れ木からの木漏れ日があまりに多くて、その道は夏よりも暖かいんじゃないかと感じた。たしか、夏に運転した時は日陰がひんやり気持ちよかった。私たちの陰になっていた葉たちは皆落ち、今は溢れんばかりの光が届く。光陰のコントラストは激しく私を襲い、たまらずサングラスをかけた。もう晩秋は終わりました。これこそが初冬なのだ。小春日和という言葉を思い出した。

 赤ちゃんみたいな冬を迎えたことに気づき私はとても歓んだ。これから厳しくなるんだろうな。どんどん刺すような寒さになるんだろうな。大好きな秋にお別れを告げ、大好きな冬が来る。どこまでも私はめでたく四季を愛でる。不思議と夏を失った時の悲しさはないことに気づいた。晩夏には葬式のことばかり考えていたのに、変なの。秋は短いってわかってるからかしら。すぐ終わるだろうと思いながら大事に愛でた秋は案外長かった。たくさん満喫して、グラデーションを抱きしめたのだった。だんだんと気温が下がるようになり、寒くて澄んだ美味しい空気に変わる。星や月がよく見える。そんな秋から冬への衣替えは夏から秋への移行と違って、あまり唐突な感じがしないのですんなり受け入れられるのかもしれない。夏が終わると悲しいのは、あの気温が夏にしかないものだから? 夏という固有種。昔は夏が嫌いだった。

 今はだいぶ夏が好きになったと思う。冬は気圧が下がり体調は最悪だし苦手だ。でもやっぱりダントツで好きなのは冬。

 夏は快適にできる事柄が多い季節だが、冬はその時期にしかできない限定的なことが多いように思うのだ。そちらの方がより特別ではありませんか。キャンプだって花火だって、夏にもちろんやりたいけれど冬だってできる。しかし、スケート、スキー、氷点下での散歩などは冬しかできない。そんな発想になるのは夏にしかできないであろう海水浴をする文化がない生活圏で育ったためかもしれない。夏限定は夏以外でも手に入るが、冬限定のものは冬にしかできないのだ。日本酒の生酒だって、鍋を突きながらの熱燗だって。こたつに潜って寝落ちしたり電気毛布の誘惑に負けたり。かまくらを作ったり、氷で作られた城や滑り台のある祭りで遊んだり。夏できることは言ってしまえば春にも秋にもできる。でも冬のことは冬にしかできない、オンリーワンの季節なのだ。

 冷え込んだ朝、早起きをしてストーブの前から朝日をぼんやり眺めたい。お湯を沸かしながら豆を挽いて、バターかチーズをたっぷり乗せたパンを焼く。朝が苦手なことも含め、喜んで早起きしたい。

 唯一性に惹かれている冬。生まれた季節だから安心感があるのかもしれない。体調、コンディションともにあれほど安心できない季節はないのにね。ようこそ、冬。

 

不合格通知を笑ってスクショする元気があるなら生きていけるね

コンビニの灯りを目指し歩いてる 走光性はないはずなのに

輪になって手を取り合って踊ること 今のあなたに必要なこと

丁寧にひだが折られた手作りの餃子あなたが表れている

いつだって正しい時計 刻む拍正確なのかわかりかねてる

くるりんとしっかり睫毛カールさせ小首を傾げこれしかできない